羽ばたき神泉

あこがれ視線 つまさき背のび

フランクフルトの一夜

大学2年の夏に一人でヨーロッパに行った。二回目だった。一度目は春、大学の研修で、級友たちと来たことがあった。

そのときと同じフランクフルト空港に降り立って、スーツケースを回収して、足早に地下鉄の駅へ向かう。自動券売機に相対する。Einzelfahrt. 8.6ユーロ。なんかちょっとさすがに高くないか?

そこで初めて自覚した。

横を見ても一人。

 

 

正確にいうと一人ではなかった。典型的なドイツ人という感じの中年の女性がいた。私に言っているのか、独り言なのか、微妙な感じの早口のドイツ語で何か言っている。...schon verrücktと聞き取れた。つまり高いなあと言っているのである。

私がja, teuer, なんてしどろもどろになっていると、「まあ、それでも買うしかないんだから仕方ないよね」的なことを言って、サッサと切符を買ってスタスタと行ってしまった。私はあっけに取られながら券売機にクレジットカードを入れた。

予約しておいたユースホステルに向かいながら、胸が締めつけられるような不安に襲われていた。取り憑かれたようにずっとtwitterを見ていた。

一人の部屋で横になりたかった。予約していたのは5人部屋だった。追加料金を払えば個室にできるかな。そんなことばかり考えていた。小雨の中を傘もささず、ユースの玄関をくぐった。褐色の肌の女性が、フレンドリーに応対してくれた。「あなたの部屋はここ。鍵はこのカード。ベッドは5番よ」英会話に必死になっていたら、追加の注文はついに言い出せなかった。

部屋には誰もいなかったが、ベッドの上の荷物が先客の存在を示していた。日本の友達と通話して気持ちを紛らわしていたら、先客が部屋に帰ってきた。背高の青年。お互い簡単に自己紹介をした。ミュンヘン出身のドイツ人だった。

また一人、部屋に戻ってきた。その人の顔を一目見て、私はピンときてベッドから降りた。向こうも私の顔を見るなり、こっちに近づいてきた。そして同時に『あの......』と声を出した。日本人だった。さっきまでの緊張が嘘のようにほぐれた。

聞けば、彼は大学3年で私の1年上だった。ひとりでヨーロッパを回っているという。小柄ではあるが精悍な顔は、スポーツ青年を思わせた。さっきのドイツ人も会話に加わって、いつの間にか、夕食を食べに行こうという話になった。19時くらいだったか、日はまだ暮れていなくて、雨はもう止んでいた。

インネンシュタットをぐるぐる歩いて、結局Five guysに入った。店員が英語で話しかけてきたので、英語で返したのだが、どうも通じない。腹を決めてZwiebeln und Mayo bitte! と叫んだら、「なんだお前ドイツ語話せるんじゃねえか」みたいなことを言われて、すんなり注文が通った。通じなかった原因は発音とかではなくて、単に声が小さくて聞こえなかったのかもしれない。

ホットドッグを頬張りながらいろいろな話をして、異常な大きさの紙コップに入ったファンタを回し飲みしながらユースに戻った時にはすっかり暗くなっていた。ちゃんと眠れるか心配しながらベッドに入ったが、次に目を覚ましたら朝だった。

もう一泊するというドイツ人とユースの入り口で別れ、日本人二人、大きなスーツケースを引きながらUバーンの駅まで歩いた。今日どこに行くのか尋ねると、何とかという小さい町へ行くのだという。聞いたことのない町だった。ワインが有名なのだそうだ。

中央駅まで行く私を残して、彼は途中の長い名前の駅で降りていった。エスカレーターを上がる後ろ姿を見るともなく見つめていると、ドアが閉まって、電車が動き出した。彼がいたから、私はこのヨーロッパ一人旅、何とかやっていけるかもしれないと思えたのだ。いろいろ話してみたいこともあるのだが、彼にはそれきり会わない。